バニラスカイに溶けた

アイドルは劇薬だと思うんだ。

約10ヶ月ぶりに見たあの人の話。

気がついたら夏も過ぎて、秋も終わりつつあって。いつの間にか自担のグループの形も変わっていて。まあそうだよね、Jr.って正規雇用じゃないし、何が起こっても不思議じゃないよね…なんて思いながら。
そちらに気が向いていたせいで、チケットを申し込んだのすら忘れていて。届いた封筒を開けて、日時を確認しても全然実感が湧かなかった。なんなら、当日会場に着いた時すら実感が湧かなかった。

 

 

ロビーに溢れる、ザ・ジャニヲタといった雰囲気の女子の集団を横目に見て。ああそうだ彼はジャニーズだったんだと改めて感じた。通路に並べられた沢山のスタンド花と、受付にプレゼントの箱が積み重ねられた光景は、ジャニ現場ではあまり見慣れないもので、他所の場所に来たんだなあと思った。
正直、時代劇はあまり得意なジャンルではなかったけど、脚本も演出も分かりやすくて面白かった。殺陣のシーンもすごくかっこよかった。どの要素も自分の期待以上に楽しめた。なかなか時代劇の舞台を見る機会はなかったし、今後もあまりないと思うから、良い経験になったなあと。あまりに舞台自体が面白くて、夢中になっていたから、本来の目的をすっかり忘れていた。舞台に百名さんが現れると、そこでようやく、自分はこの人を見に来たのだと気が付いた。前の方の席だったし、とても見やすくて迫力も感じられるはずなのに、何故だろう、アイドルだった彼を見た時より、自分の心が揺れないというか。良くも悪くも彼のことを、ただの俳優としてしか見られないのだと思った。

彼が事務所を辞めてから、せっかくの機会だしと思って、ジャニーズ以外の現場に足を運ぶ機会を増やしてみた。そこで色々なものを見て、なんとなく自分のオタクのスタンスが変わってきた。以前までは、自担がいる現場なら内容はさておき、なんとしても行きたい、と思っていたのだけど。最近は内容とチケット代を考慮して、自分の中の優先順位をつけて、行きたい現場を取捨選択するようになった。実際、先月は自担の現場よりも、好きな劇団の公演を優先した。後悔するかと思ったけれど、全く後悔していないことに自分の中で違和感があった。
自分が見たいと思う舞台において、重要視する要素の割合が、出演者より脚本や演出のほうが大きいことに気が付いた。いくら好きな俳優さんが出演していても、内容が自分に合わないと思えば観る気が起きない。とある舞台を見てお芝居が好きだと思える女優さんがいて、またその人の演技を見たいと思って別の作品を見たのだけど、全然自分の趣向に合わなかったこともある。ただ、アイドルの自担の外部舞台については、内容はもちろんだけど、それに「アイドルの自担がお芝居をする姿が見たい」という要素が加わる。自分の場合は、アイドルを好きになるのって、歌とかダンスとかそういうスキルの他に、その人のキャラクター性も含めていて。つまり、人としてその人のことを好きだから、その人のことをもっと知りたい、と思う。それも踏まえて、行きたい現場の優先順位を決める。お金と時間に限りがあるから、仕方なく手放す機会もある。

自分は良くも悪くもドルオタとして飼い慣らされていたのだと思った。実際行った訳じゃないから自分が想像するものと違うのかもしれないけれど、出待ち*1のレポが当たり前のように流れてくることにも違和感しかなくて。高価なプレゼントやスタンド花にお金を使うより、自担の誌ステフォを買ったり、団扇を持ったり、雑誌やテレビ番組に要望ハガキを書く方が、自分には合っていると思った。自分は若手俳優の「オタク」にはなれないと、はっきりと実感した。文化の違いに馴染めないと感じた。

たった10ヶ月のうちに、彼も、自分も、変わってしまったのだと思った。少し気が楽になったと同時に、虚しさが込み上げてきて。おそらくこの感情とは、これから先もお付き合いしていくのだろうと思う。

 

*1:ジャニーズにもその文化があるのは一応承知ではいるけど