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バニラスカイに溶けた

アイドルは劇薬だと思うんだ。

“諦める”ということ

先日見た映画で、こんな台詞があった。
「夢を叶えることが難しいのは知ってたけど、夢を諦めることってこんなに難しいの?」
世の中には夢を叶えられる人より、夢を叶えられない人の方が圧倒的に多い。でも、それをあえてテーマとして取り上げる作品って、今まであまり見たことがなかった。だからこの映画のテーマを新鮮に感じたし、この台詞は胸に突き刺さった。

夢だけじゃない。物事の割合って、願い続けて目標に辿り着くより、辿り着けなくて諦めることのほうが、多いのかもしれない。

 

拡輝の担当になってから「好き」という気持ちがオタクとしての原動力だった。地方の公演のバックにつくと分かれば、新幹線や飛行機を乗り継いで会場に行った。自分の名義でチケットが取れなかった時も、しつこく掲示板やツイッターに張り付いてチケットを探した。ありがたいことに、運や縁があって、見たいと思った公演にはほぼ入ることができたと思う。交通費は結構大きな金額だったし、チケットを探すのも大変だったけど、でも今となっては楽しかった思い出しか残っていない。当たり前だけど、ここまで好きじゃなかったら、こんなに苦労して全国あちこち遠征したり、必死にチケットを探したりしなかったと思う。毎回、会場に向かうまでの道のりで拡輝のことを考えるのが楽しかったし、公演が終わった後に友達と感想を言い合ったり、余韻に浸って帰るのが楽しかった。いつしか、それが当たり前になっていた。いつだって、拡輝がいる現場は楽しかった。楽しいと確信できた。

今年の夏の舞台の詳細が発表されて、いつもなら「チケット当てなきゃ。当たらなかったら探さなきゃ」と思うのに、今は何故かそこまでのやる気が湧かない。そう思う訳は、大まかに言うと「公演が楽しみ」という気持ちより「どうせチケットなんて見つからないだろう」という気持ちの方が大きいからだ。私は百名さんについて、何も知らない。何も知らない人に対して、好きだとか嫌いとかそういう感情は湧かないし、ステージに立つ姿を見たいという気持ちもそこまで大きくない。チケット代は劇場や出演者の数に対してかなり高価な額で、言い方が悪いかもしれないけれど、得体の知れない物にそこまでのお金を出せるかと言われると、正直分からない。何よりキャパが狭すぎる。素人の推測だから見当違いなのかもしれないけど、需要と供給に見合っていない。これについては話すと長くなるから、ここで話をやめておく。運と縁があればその時は行きたいと思うけど、わざわざ掲示板やツイッターに張り付いて探すほどの気力はない。正直、「行けば楽しい」ことが保証されている現場は、他にもたくさんある。

それなのに、この舞台に行くことを諦めることを、完全に選択できないのは、どうしても過去の楽しかった思い出を引きずっているからなのだと思う。拡輝のことを見ていて楽しいと思った気持ちを、百名さんのこれからに重ねてしまうんだ。だから「諦める」という選択を、完全に手に取ることができないでいる。
そう悩んでいても、どうせチケットは降ってこないだろうし、自分で選択するより先に「諦めろ」と向こう側から通告されるのだと思うけど。

「諦める」ということは、難しい。